僕の原点とこれからのこと②

●ブログ「八木拓真の伊那日記」2013.4.10より転載

記者時代は事件、災害、街づくり、地方自治を主に取材し、それぞれの現場でこの国の現状への危機感を強く感じてきました。その中で僕の今後に深く関係してくる「地方」の問題について、考えをお伝えしたいと思います。

日本人の底力は、農業をはじめとする第一次産業の歴史にあると思っています。例えば農業の現場では、限られた土地で田畑を作るために先人たちが力を合わせ、急峻な国土を気の遠くなるような時間と労力をかけて平坦にしてきた。さらに、稲作は田植えや畦の草刈りなどで地域の支えあいが不可欠です。東日本大震災の際に秩序を保った被災者の行動にあらわれたように、欧米に比べて「公」の意識が強い風土は、このような歴史からはぐくまれたといっても過言ではないでしょう。でも戦後の高度成長期以降、地方から都会へと一気に人が流れた。精神面を含めてこの国を支えてきた地方の活力の低下は今、危機的な状況です。

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地方分権が叫ばれるようになっても、いまだに国の制度に地方がぶら下がっている構図が続いています。記者時代に各地で国の補助で作られた無駄な箱モノを目にし、多種多様な問題を抱えた全国の地方の現状を、東京の中央省庁が設計する全国一律の制度で解決することが困難であることを強く実感しました。
産業分野では、伊那も含めて企業誘致に取り組んでいる地方都市が多い。雇用確保のために当然必要なことですが、そこに力を注ぎすぎるのは危険です。三重県亀山市では絶大な経済効果をもたらしたシャープのアクオス工場が大幅に縮小し、現在では極度の景気低迷に苦しんでいる。
国に制度設計を頼ることや、都会に本社がある大企業に地域経済をゆだねるという考えを転換する必要があります。

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ならば今何が必要なのか。それは「地域の魅力を磨き、自立したしたたかな地方都市をつくる」ということではないでしょうか。「若者が出ていくのは働く場がないからだ」と嘆く前に、その地域ならではの仕事を創り出すことは可能なはずです。伊那でも農林業を中心に独創的な考え方で雇用を生み出す可能性を秘めた取り組みを進めている方々がたくさんおられます。自分たちの地域の魅力に気づけば、チャンスは無限にある。愚痴や他人の噂話を前向きな議論に変え、大人たちが楽しみながら街づくりに取り組めば、子供たちも地域の魅力に気づくはずです。
そして行政は国の制度や大企業の力をしたたかに利用しながら、誇り高き地方都市として自立する気概を持たなければなりません。子供たちが地域に残り、お年寄りが豊かに暮らせ、この地に移住したいと思う人たちを増やすために、できることは無限にあります。

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このおもむきある旧橋場歯科を人が集まる場所にすることも、地域の魅力を磨くことにつながると信じています。

「街を変えるのは、よそ者、馬鹿者、若者」という言葉があるそうです。
この1週間ほどで、3人の伊那の方からこの言葉を聞きました。
伊那では、信大出身者やIターンの方々などを中心に、「よそ者」も「若者」も先進的なことに楽しみながら取り組んでいる「馬鹿者」もたくさんいます。地方の疲弊ばかりがクローズアップされがちですが、アイデアとパワーと人生を楽しむ貪欲さを持った人がつながれば、街はいつか必ず変わります。僕もその一翼を担いたい。

僕は学生時代にお祭りのテキ屋、峠の走り屋、そして就職してからはブンヤと、良くも悪くもいろんな世界を経験し、それぞれの人脈が今も生きています。
その中で、仲間を大切にすること
筋を通すこと
あらゆる人を愛すること
この国の伝統文化の大切さを学び

新聞記者としては地を這う視線を常に心がけながら社会と接し、
事件報道で人間社会の表と裏を
災害報道で人の絆の大切さや地域を愛することの尊さを
街づくりに取り組む人たちから地域の魅力を磨くことの重要性と楽しさを肌で吸収し、
犯罪者から大臣まで
弱者から権力者まで、ありとあらゆるジャンルの人たちと接してきました。

そして都会で生まれ育ち、地方で成長し、どちらの魅力も問題点も理解しているつもりです。そんな僕だからこそできることがあるはず。

地域の活力を取り戻し、いつか全国の前向きな地方都市と連携して地方の魅力を発信していきたい。惚れ込んだ伊那で、仲間とワイワイ楽しく街づくりに取り組む決意です。

最後まで読んでいただいてありがとうございます。
ご助言やご批判があれば、どんどん声をおかけください。

どうぞよろしくお願いします。